Project story 05
人が変われば品質も変わる。
国内工場5,000人の
品質意識を変革する
長友 里実 nagatomo satomi
お客様情報
従業員数5,000人、エンジン製造を担う自動車部品メーカーE社では、品質問題が発生していた。根本にあったのは、若手社員の意識の低下。現場調査で見えてきたのは、工程全体が見えない、自社製品への誇りの欠如、コミュニケーション断絶という三つの課題。JBAは、スマホで気軽に学べる3本の動画制作からスタート。製造工程の全体像、品質の重要性、自社製品の価値を視覚的に伝えた。その後、自動車メーカーとの対話の場づくり、実践重視の新人研修、リーダー育成プログラムと展開。「分かりやすく」「見たくなる」をキーワードに、5,000名の意識改革に成功した品質改善プロジェクトの事例を紹介する。
モノづくりの 現場を変えたい
ある自動車部品メーカーの品質エラーの原因を解決するプロジェクト
自動車部品メーカーE社では、近年、部品の取り付けミスなどの品質エラーが社内で問題になっていた。そのほとんどが、現場で製造を担当する技能員の品質に対する意識の低下が要因となるものであった。もし不良品が発覚せず、そのまま出荷されてしまうと、損害賠償の発生や信頼の低下に繋がり、ブランドに大きな影響を与えることになる。品質部門はこの状況を受け、品質研修の見直しを経営から求められた。しかし、ある程度の改善は見られた一方で、根本的な解決には至らず、以前品質エラーが発生する状況は続いていた。
そんな中で「品質教育用の動画を作ってもらえないか」と品質管理部門から、JBAに相談が寄せられた。「品質教育を本社品質部門で色々な研修資料を作成してきたが、現場社員の方は日々忙しい中で、かつ高卒の方も多く、内容が全く浸透していない」。だからこそ、気軽に見れる、YouTubeのような動画を作って見てもらえれば、分かりやすく品質への意識を高められるのではないか、とのことだった。
話を聞いた長友は、「まずは現場の声を聞かせて頂けないでしょうか」と、工場の現場ヒアリングを打診した。なぜ今までの施策が意味をなさなかったのか、技能員たちは何を考えて仕事をしているのか、現状を把握しなければ、効果的な解決策は見いだせないと考えた。そうして、国内3工場での現場調査が実現することとなった。
リアルな声から現場の実態を探る
若手の現場社員ヒアリングによって、品質への意識の裏側を把握
長友は担当者に案内してもらいながら、勤務の合間を縫って現場社員に話を聞くことが出来た。今行なわれている品質教育についてのヒアリングを行ったところ、「品質への意識向上の張り紙が各所に貼ってあるが、正直誰も見ていない」「研修は定期的に行なわれるが、難しくてよく分からない」と若手社員は語った。やはり、担当者が語ったようにあまり施策が効果を成していないようだった。
加えて、仕事に対する考え方についても詳しく話を聞いた。その中で判明したのは、自分の作業の前後工程を殆ど知らない方が多いことだった。「自動車部品の製造工程は入社時の研修で教えてもらったからなんとなくは分かる。その中で私は部品表面を磨く作業を担当しているが、自分の作業が全体のどこに位置付けられてるのか、正直よく分かっていない。」と20代の若手社員は語った。また、別の社員からも、「最終組み立てを担当しており、作業手順や品質に関する基準値も細かく決められている。”ルールを守れ”というのは厳しく言われるが、ただ、この作業を丁寧にやって基準値を守ることが、最終的な性能や安全性にどう影響するのか、正直良く分かっていない。」とのことだった。このように、工程全体が見えていないことで、自分の作業ミスが、後工程や最終的な完成品に対してどのような影響をもたらすのか、イメージが出来ていない状況にあった。
また自社製品への誇りもあまり持っていないことが分かった。「うちの技術力は、世界中の自動車メーカーが認めている、という話を工場長からよく言われ、ベテランの社員たちも良く話している。ただ、自分は体感したこともないし、よくわからない」「昔はF1でうちが使われたらしく、車への愛着も高い人が多かった。ただ、自分はそこまで愛着を持てない」とのことだった。
コロナ禍や働き方改革がもたらした負の影響
長友は若手だけでなくベテラン社員にも話を聞いた。30年以上この工場で働いてきたという50代の社員は、深いため息とともにこう語った。「コロナや働き方改革の影響で若手との会話が極端に減った。昔は、仕事が終わった後に部下に声をかけ、他の工程を案内したりしていた。自分もそうやって先輩から教わってきた。でも今は、定時になったら即座に帰らないといけない」。また、そんなコミュニケーションの中で、上司が部下に自社の製品の魅力について熱く語る、ということもあったが、今ではそんな姿も見られなくなった、とのことだった。
これらのヒアリングを通じて、単なる品質意識の問題ではないことが分かった。現場のコミュケーションの断絶により、技能員が工程全体を理解していなかったり、自社製品への誇りが欠如している等、様々な問題が生じていることが明らかになったのである。
そして、工場長がこの情報を知らない場合、提案のポイントが大きく異なると判断し、担当者に「すぐに工場長に伝えてほしい」と無理なお願いをし、延泊して翌日に緊急会議を設定した。そして、工場長に現場のリアルをありのまま伝えたのだ。すると工場長からは「大変ありがたい。こんな状況になっているとは思わなかった。私はものづくりに誇りを持っているし、この工場や会社を愛している。どうしたらいいかを遠慮せずに提案してほしい。」という言葉をいただいた。
机上の空論で終わらせない
他社の事例収集や追加の現状把握で提案を構築
ヒアリングを終え、現場の実態を理解した長友は、改めて品質意識教育の構築を開始した。まずは、「そもそも製造について深い理解がなければ的外れな提案となる」と考え、品質部門に実際の製造工程に関するレクチャーを依頼。3日間にわたり、各工程の目的、要求される精度、不良が発生するメカニズムなどを徹底的に教えてもらった。加えて、さらに再度工場に出向き、朝7時の出社から夕方5時の退勤まで、現場社員に同行。朝礼での情報共有、作業開始前の手順確認、休憩時間のコミュニケーション、日報作成まで、1日の流れを細かく観察し、日々どんな情報を、どのタイミングで、どのように入手しているのかを全て洗い出した。
併せて長友は、JBA社内で、E社に対する施策の戦略を会議で議題をあげた。「品質意識の向上」というテーマはJBA社内でも経験のないプロジェクトだった。「社内には答えがない。でも必ず他社でも類似している課題を解決した事例があるはずだ」。そう考えた長友は情報収集を開始。取引先を含む類似生産ラインを持つ企業の事例を30社ピックアップし、なかでも品質意識改革に成功した自動車部品メーカー3社に直接懇願して話を聞くことができた。他社では、例えば「この部品が0.1ミリずれると、最終的に車体に、どのような影響があるのかについての共有会」が行われていたり、月に一度「自分たちの製品を届けているお客さまに工場に出向いていただき、自社に対する評価や要望などを直接話していただく」ことや、ベテラン社員の「目視検査のコツ」や「異音の聞き分け方」といった暗黙知を動画で記録し共有するなど、様々な工夫が見られた。
手軽に学べる動画で、品質意識向上の一歩目を踏み出す
動画の企画を仮作成したところで、JBAは工場の最前線で汗を流す技能員たちとの対話の場を設けた。現場の生の声を聞かずして、真の解決策は見えてこない。どんなに練り上げた施策でも、現場を置き去りにした机上の空論では、「またか、上からの押し付けか」と受け止められ、形だけの取り組みに終わってしまう。
予想通り、率直な意見が次々と飛び出した。「正直に言うと、勉強は苦手なんです。だから座学よりも、手を動かす仕事を選んだんです」「品質管理の研修で配られる資料を見ても、専門用語ばかりで、目が滑ってしまう」。現場からの声を聞くにつれ、これまでの教育施策が、現場の実態とかけ離れていたことが浮き彫りになっていった。
こうして把握できた現場の声を受け、プロジェクトの第一歩として、JBAはスマホで気軽に見られる動画教育の導入を提案した。これまでの教科書的な教育ではなく、視覚的に分かりやすく、休憩時間などの隙間時間にも気軽に視聴できる"見たくなる”動画コンテンツの制作に着手することになった。
現場社員向けに、3本の動画を制作した。1本目では原材料から完成品までの製造工程を、CGと実写を組み合わせて解説。特に各工程の繋がりが分かるよう、前後の作業内容や、それぞれの工程が製品の品質にどう影響するかを具体的に示した。2本目では品質管理の重要性を伝える啓発動画として、0.1ミリの精度のズレが、最終的に重大な事故につながる可能性を、実験映像や実車での検証映像を交えながら説明した。3本目では自社製品が採用されている世界の自動車メーカーや車種の紹介、そしてそれを支えてきた技術革新の歴史をまとめた。
動画だけでなく、
あらゆる支援で
意識改革を推進する
動画の公開後、現場からの反響は予想以上だった。「こんな風に全工程を見られたのは初めて。自分の作業が最終的な製品にどう影響するのか、やっと分かった」「品質の重要性は分かっていたつもりだったが、0.1ミリのズレが事故につながる可能性を映像で見て、改めて身が引き締まった」。特にベテラン技能員からは「若手にもっと見せたい。これなら自分たちの仕事の価値が伝わるはずだ」という声も。研修や朝礼で使われるようになった。
しかし、動画コンテンツだけでは本質的な解決には至らない。2年目以降は、より踏み込んだ施策を展開していった。例えば、半年に一度、実際に自社製品を使用している自動車メーカーの品質管理責任者を招き、製品に求められる品質基準や、実際の使用現場での評価について、現場の技能員と直接対話する機会を設けた。
また、入社後3ヶ月間の新人研修プログラムを刷新。従来の座学中心から、実際の製造現場での実習を増やし、特にベテラン技能員との共同作業の時間を重視した内容へと変更した。さらに、現場のリーダー候補となる中堅技能員向けには、品質管理の専門知識や部下育成のスキルを学ぶ特別研修プログラムを新設。技術と意識、両面での底上げを図っていった。
課題を特定し、現場を理解し、戦略を作る。それを実際に人を動かし、成果に結びつける。これが私たちが掲げる「Consulting& Creative®️」だ。このプロジェクトを通じて、E社の社員が自社製品の素晴らしさを再認識し、品質意識が高まることを期待している。社員一人ひとりの意識改革は、E社全体の品質向上に繋がり、最終的には顧客の信頼を得ることができると確信している。私たちは、JBAの理念に基づき、これからも共に歩んでいく所存である。