私は武蔵野美術大学で日本画を学んでいました。在学中から、ただ絵を描けるだけでは食べていけないという意識を強く持っていました。社会に求められる絵が何なのかを知らなければ絵を売ることはできないと考え、まずはビジネスの世界に入ろうと。広告業界で就職先を探していたのですが、数ある企業の中でもJBAは、冊子だけでなくWebや動画といった様々な媒体を扱っている会社であるため、常に新しいことに挑戦したい私にはぴったりだと思いました。そしてまた、お客さまの課題を解決するための仕事であるという点に、本当に誰かの役に立つ仕事ができるんだと期待に胸が膨らみました。
はい。でも入社してからやりたいことが変わって、デザイナーはほとんどやりませんでした(笑)。新入社員研修を受けて、お客さまの話を直接聞いてみたいと思い、コンサルタントから始めることにしたんです。JBAの仕事は、お客さまの悩みからクリエイティブを生み出すこと。最初の悩みはどんなものがあるのか、生の声を聴きたいと思ったんです。ただ、コンサルタントをしていくうちに、自分はお客さまと課題を見つけるために話すよりも、誌面をつくる話し合いの方が好きだと気付きました。その頃からちょうど編集の仕事を任されることも増えてきたので、コンサルタントとは別に編集者としてお客さまのもとに向かうようにもなりました。この編集業務も3年ほどすると自分の中でやり切った感が出てきました。何か新しいことがしたいと思い、思い切ってそれまで並行してやっていたイラストの仕事に専念させてほしいと会社にお願いしました。それからイラストレーターチームを立ち上げて、リーダーをしています。パンフレットの表紙や挿絵、ポスター、キャラクター、4コマ漫画、店舗の壁紙など、水彩画からデジタル画まで多彩なタッチのイラスト制作があります。今はリーダーとして、イラストレーター10人と編集の窓口として、仕事の割り振りやチェックなど全イラスト案件をまとめています。自分自身もイラストを描きながら、若手イラストレーターの育成もしていて、楽しいです。
大手通信会社の合併後の周年記念として、約1年ほどかけ40ページ弱の絵本を作りました。合併した4社のそれぞれの働きや会社の考え方を社員に知ってほしいというご相談のもと制作したものです。
このプロジェクトで大変だったのは、お客さまに対する理解と緻密な提案です。店舗や裏側の物流、本社で働く人々、通信事業としての災害時のサポート、社長インタビューなど、あらゆる項目を取り上げました。絵本は、当然ながらイラストで伝える情報量が多いため、お客さまに対する深い理解が必要になります。取材にも伺いましたが、すべての作業を見せていただけるわけではなく、写真をいただけないものもあったため、想像で描かなければないところもたくさんありました。絵本では、読者の目に留まりやすく、理解のサポートになるイラストを描かなければなりません。どうすればわかりやすい絵になるか、チームで何度も話し合い、細かい調査と緻密な提案を重ねました。
通信事業の進化の速さをタイムトラベルのような絵で表したり、物流の流れをキャラクターの旅にしてみたりと、随所に細かい工夫を散りばめました。中でも好評だったのは社長インタビューのページ。合併した通信事業4社の働きをハンバーガー屋さんに例えたイラストで表現したんです。文章だけだとわかりにくい会社の仕組みを、わかりやすい図化と目を引くデザインにすることで、文章を読んでもらえるように工夫しました。
すごく大変でしたね。最後の1ヶ月は他の業務に手がつけられず、この絵本のイラストに専念したほどでした。それでも、全社員が読んで各部署の仕事や面白さを知る機会になる、子供や家族にも見せるかもしれない、と読者を想像し、影響力を考えると、気合が入り最後まで頑張ることができました。
完成した絵本を読んだお客さまから、たくさんの感動の声が届きました。社長からも、「社員より会社のことを理解してるよ!」とお褒めの言葉をいただきました。発注当初の予定では社員の方々にお配りするだけだったのですが、研修で配布したい、店舗に置きたいといったご相談もありました。このプロジェクト以来、他にも多数のご依頼をいただいています。
プロジェクト終了後、ともに頑張ったお客さまに、感謝の気持ちを込めたミニ絵本をサプライズでお渡ししました。制作過程を振り返りながら、チームの一人ひとりが登場するパロディのようなもの。このミニ絵本を読みながら涙を流されているお姿に、私も胸が熱くなりました。お客さまはJBAからの提案をたくさん受け入れてくださった素敵な方々で、一緒にお仕事ができてよかったと深く思っています。
コンサルタントの仕事を退いたときは、お客さまと深い関わりを持つことはもう難しいかもしれないと思っていました。でも、この絵本プロジェクトを通して、イラストレーターも一社一社と深い関わりを持ち貢献することができるんだと実感でき、とても嬉しかったです。
私は、お客さまが求める絵を理解し、表現の提案ができることが大切だと思っています。これまでの仕事を通じて、改めて、ただ絵を描けるだけではだめだと実感しています。私は特出した技術があるわけではありませんが、お客さまが求めるものを受け止め、わかりやすい表現を提案する力があります。これができる人って意外と少ないんです。表現の提案というと難しく聞こえるかもしれませんが、お客さまが伝えたいメッセージが、誰にでもわかりやすいものかという視点を持っていればいいんです。ここには、過去に編集をしていた経験が生きているとも思います。
お客さまのご要望を聞くと、偏ってたりわかりにくいことが多いんです。会社内だから通じるような事を、当たり前だと思っていたりする。そうしたところに、一般的な視点をもって「これわかりにくいですよね?」といえるだけで、読者のためになり、そしてお客さまのためになります。私にわからないことは他の誰にもわからない!という気持ちで、誰にでもわかりやすい表現を提案するようにしています。こうした提案が、企業に求められるイラストレーターへの一歩だと思います。
入社してからすぐ先輩に言われた、「お客さまのためになると思ったことならなんでもやっていいよ。何かあったら俺が責任取るから。」という言葉が深く胸に刺さっています。私がお客さまのためになると思ったことは何でもしていいんだと感動しました。この言葉を思い返すと、どこまでも頑張ることができます。
イラストレーターの私がお客さまとの打ち合わせに参加できる環境があることもありがたいですね。一般的には、イラストレーターがお客さまとの最初の方向性決めに関わるチャンスは少ないんです。言われたことだけやるんじゃなくて、もっとこうしたらいいんじゃないかという提案ができる環境があることで、全力で挑むことができます。
今後もお客さまとの関係を大切に、イラストレーターとしてできることを頑張っていきたいです。