持続的な成長を生み出す
企業に伴走する
“全方位”ブランド戦略とは
田中 日菜 Tanaka Hina
Summary
創業75年、従業員数1万人。搬送機器や検査機器の製造を手がける生産設備メーカーA社。M&Aから多様な背景を持つ社員が増加し、企業規模の拡大に伴い新卒採用も強化。さらにコロナ禍でコミュニケーションに苦戦したことで、成長基盤とも言える企業理念や文化が混沌としていた。
JBAはこの課題を解決するため、A社のノウハウとも言える独自の価値観(バリュー)を言語化し、効果的に社員へ共有することに取り組んだ。エース社員50名にヒアリングを実施し、企業がお客様や社会へ抱くバリューを一つ一つ言語化。集約を図りながら全社員への共有に動き、どの社員からも目に見え、共感できる形で浸透させることに成功した。
その後、支援業務は採用活動や投資家向け情報発信(IR)へと拡大。“真の企業ブランディング”に取り組むパートナーとして、A社の持続的成長に伴走するプロジェクトを紹介する。
次世代へつなぐ
企業成長のカギ
M&Aや採用強化がもたらした
急成長と”歪み”
きっかけは、A社の広報部長からの相談だった。「若手社員に、私たちが大事にしてきた泥臭い価値観が全く伝わっていない」――
創業以来、A社は“現場を理解する”という価値観を企業活動の核にしてきた。製品に故障が生じれば、お客様の工場に入り込んでヒアリングを重ね、時には製品を持ち帰って分析をする。製品を開発、販売した後も製品やお客様と向き合い向上を目指す、お客様との信頼関係構築を超えた、そんな泥臭くも、質の高いものづくりを目指し続ける姿勢がA社の成長の始まりだった。
かつては、若手が先輩や上司の背中を見て、自然とこうした価値観を覚えていた。しかし、コロナ禍で若手社員に仕事を見せられる機会が減少し、“現場を知る”“現場から生まれる”という理念の本質が伝わりにくくなっていた。さらに、M&Aにより多国籍な社員が増加したことで価値観にバラつきが生じるようになってしまった。
課題を感じた広報部長は数社のコンサル会社に声をかけたという。しかし、どの企業もA社を本質的に理解しない表面的な提案ばかりで、解決までの道は描けなかった。
こうした経緯から、A社はJBAに相談を持ちかけた。JBAは以前から社内広報の支援で縁があり、その企業理解の深さと取材力を評価されての依頼だった。
相談を受けた入社3年目の田中は、以前からA社の社内広報を担当し、取材を通じて社員たちの魅力に直接触れてきた。田中は、この企業文化の継承が途切れることは、A社の今後の成長に関わる重要な課題だと考えた。「ぜひ協力させてください」。田中は即答し、A社の長期的な成長を見据えたプロジェクトが始動した。
隠された本質を見つけ出すために
”始まりの価値観”を抽出
”始まりの価値観”を抽出
優秀社員50名へのヒアリング
A社の大切な“バリュー”をどうやって浸透させるか――田中は、広報部長と何度も議論を重ねることで、最優先事項が見えた。まずは企業が共有を願う、バリューの言語化と定義から着手することに決まった。
しかし、バリューの策定はJBAでも実績が乏しく、田中にとって新しい挑戦となった。田中はJBA社内で会議を実施し、7名のプロジェクトメンバーが選ばれた。プロジェクトチームは初めに、企業の価値浸透に成功した事例収集に着手。AmazonやNetflixといった価値観の世界展開に成功している企業から、国内の優良企業まで、計30社を詳細に分析した。特にA社と企業規模や課題が類似する企業については、その企業の広報部に直接訪問し、具体的な取り組みについてヒアリングを実施した。
収集した事例分析を基に、田中は広報部長へ1つの提案をした。「会社の成長を支えてきたエース社員へのインタビュー」。それも、50名ほどの大規模な提案だった。社員らの具体的な行動、その背景にある無自覚な思考プロセスを明らかにすることで、A社の指針となる判断軸を導き出せると考えたからだ。
優れた社員ほど、自身の行動原理を言葉で説明することが難しい。その社員には「当たり前」の価値観も、会社にとってはとても重要で、第三者の視点で深く掘り下げることで初めて見えてくる。JBAにしかできない、隠された本質を見つけ出す仕事だと、田中は感じていた。
社員の声から見えてきた A社独自のDNA
インタビュー対象は優秀社員50名。30代から60代、様々な職種の社員が協力してくれた。プロジェクトメンバーは、インタビュー内容から具体的な行動事例を収集し、A社の行動基準の言語化を進めた。
ある営業の社員は、こう語った。「仕事を受注するには、お客様も気づいていないような課題を特定しないといけない。お客様の工場に入って、あらゆるものにセンサーを取り付け、定量データを取る。同時に、においや音、見た目、異常なものを探し回る。そういうデータを掛け合わせて違和感に気づき、調査につながって初めて課題が特定できる」
研究開発のリーダーも、こう語った。「イノベーションは、問題や悩みが起きているお客様の現場に行って、実物を見ないと始まらない。研究室だけに居ても分からない。製品を持ち帰って、試行錯誤と現場での検証を繰り返す。『めんどくさい』で片付けずに、汗だくになってやり切れるか。それがイノベーションの第一条件」
50名へのインタビューから、A社を創り上げ、発展させてきた社員に共通する行動基準が浮かび上がってきた。「時間がかかる作業でも、お客様の課題解決になるなら取り組む」「お客様へ価値を提供できるのであれば、部門役職も関係なく連携する」――A社ならではのバリューが、言葉が、そこにあった。
言語化したバリューがもたらした
さらなる飛躍への一歩
企業文化の核となるバリューの言語化は、インタビューにより果たされた。ただ、バリューの策定は、経営陣の承認がないと次の段階へ進めない。老舗企業ということもあり、その難易度は高いことが予想された。「経営陣に提出する資料も、一緒に作らせてください」。田中の提案に、部長は「そこまで…」と驚きながらも、快諾してくれた。
役員会議まで1週間。昼は他の業務をしながら、夜は遅くまでオフィスに残った。広報部長との資料やプレゼン準備では、アイデアがホワイトボードを埋め尽くした。プロジェクトメンバー全員で何度も資料を練り上げ、あっという間の1週間だった。
役員会議当日。経営陣からは厳しい評価が返ってきた。「現場が実践できるバリューにしてほしい」「これでは分かり辛い」。提出したバリューでは抽象的な表現が多く、全ての社員に伝わる形になっていなかった。
「悔しい。今度こそ、共感できるバリューを提案する」。田中は、広報部長と再び動き出した。ヒアリングに協力してくれた社員にも再度協力を仰ぎ、提出したバリューへの率直な意見を求めた。「表現に現場の実態とズレがある」「もっと具体的な表現はないか」。第一線で活躍する社員たちの声を、一つ一つ拾い上げ完成度を高めていった。
さらに、「現場を知らない第三者が作ったバリュー」と受け取られると、共有の効果が落ちる。そこで、各事業部のリーダーにも個別に相談を重ねた。現場の実態と経営陣の期待、双方にズレが生じていないか。具体的なイメージが浮かび、行動につながり易い言葉にできているか。ひたすらブラッシュアップを続けた。追加のヒアリングや各事業部の連携を経て、ついに、経営陣から満場一致の承認を得た。
現場の想いと経営陣の期待が融合したバリューが完成した。A社の変革に向けて動き出した瞬間だった。
企業の核となる価値観を
社内“外”に浸透させる
職種・役職別に実践例を提案
体現できるバリューに
次の段階へ進んだ。企業文化を共有し、本当の意味で根付かせることだ。バリューを「知っている」だけでは不十分。社員一人一人が「自分ごと」として捉え、考え方の変革から行動や習慣をも変えていくことが必要だった。
まず、すべての職種・役職において、場面に応じ「自分だったらどうする」と、イメージができることを目指した。社員向けWebメディアを活用し、バリューを体現する事例を提供できる場へ一新。これまでは業務連絡や社内ニュースが中心だったが、仕事のヒントにもなる“行動の変え方”に焦点を当てた実践的なコンテンツに変更した。例えば、営業職。中堅営業マンが顧客の何気ない一言から、新規事業を創出した事例だ。判断の裏にある思考プロセスまで丁寧に言語化することで、他の社員が実践するためのヒントを提供できた。
さらに、これらの実践例をまとめたハンドブックを作成。単なる事例集ではなく、研修や面談の場で、上司と部下が対話しながら「自分ならどうするか」を考えるためのツールとしても活用した。バリューを抽象的な理念で終わらせず、徐々に、日々の具体的な行動に落とし込んでいった。
採用から投資家まで
一貫した企業価値発信へと発展
組織全体の実践的な変革が進む中、田中に新たな戦略が浮かんだ。バリューを実践できる人材を採用段階から見極め、獲得することだ。JBAの採用領域に強いコンサルタントと協議し、そのノウハウを活かした採用戦略を広報部長と人事部に提案。若手社員の挑戦の軌跡を就活生向けのストーリーとして再構築し、A社ならではの成長機会を具体的に伝えていった。社内の取材を重ねたからこそ、見えた戦略だった。
バリューの策定を目指してスタートした取り組みから、田中は気づいたことがあった。「同じ事例でも、伝え方を変えることで異なる価値があるのではないか」。例えば、ある技術革新の取り組みは、社員に対しては「現場での気づきがイノベーションを生む」という判断の手本に。求職者には「早期から新しい挑戦ができる」という魅力。株主には「現場に根ざした成長力」として伝えることができる。
こうした考えから、田中は「A社の全部門の取り組みをJBAで一元管理して、一貫性を持つ総合的な情報発信がしたい」。思い切って広報部長に提案した。部長は「そんなパートナーを探していた」と、笑顔で答えてくれた。現状、人事、広報、経営企画、マーケティング、IRなどの本社部門が、それぞれ独自に情報を収集・発信して一貫性を欠いていた。プロジェクトは、A社への“全方位からのブランディング”へと、進むことになった。
全方位ブランディングが
加速させる企業の成長
この会話をきっかけに、A社との包括的なブランディングプロジェクトが始動。社員、求職者、株主など、社内外のステークホルダーへの一貫した情報発信を目指す取り組みである。通常なら、戦略コンサル、組織コンサル、人材会社、WEB制作会社など、複数の会社が担当するような領域を、JBAが一手に引き受けることになった。
社内の歪みを改善するバリューの策定から、JBAは企業の内部に入り込んだ。無自覚で実行され、埋もれかけていた企業の“真のバリュー”を抽出し、言語化することに成功した。ただそこをゴールとせず、ステークホルダーごとに形を変えてアプローチすることが、A社の、企業の持続的な成長支援につながり続けている。これこそが、JBAが考えるブランディングの真価であり、A社との取り組みはその可能性を示す第一歩となった。