工場の品質向上は
意識改革から。
教育工学を用いた国内
8000人教育支援
長友 里実 Nagatomo Satomi
Summary
従業員8,000人の自動車部品メーカーH社。品質問題が発生しており、国内3工場での現場調査で工程理解の不足や自社製品への誇りの欠如、コミュニケーションの断絶が浮き彫りとなった。そこで、教育工学の視点を取り入れ、社員が次々と学びたくなるような動画コンテンツを制作し、製造工程の全体像や品質の重要性を視覚的に伝えた。また、新人向けの実践重視研修やリーダー育成プログラム、メーカーとの対話の場などを通じて、社員の品質に対する意識を変革するプロジェクトを紹介する。
モノづくりの
現場を変えたい
ある自動車部品メーカーの品質エラーの原因を解決するプロジェクト
自動車部品メーカーH社では不良品の発生などの品質エラーが問題となっていた。製造現場で働く技能員の品質に対する意識が低下していることが、主な原因だった。このまま状況が続けば、不良品が出荷され、企業の信頼低下や損害賠償につながりかねない事態となっていた。
経営陣は事態を重く見て、品質部門に研修制度の見直しを指示した。しかし、品質部門が実施してきた研修は技術的な表現が多く難解で、現場になかなか浸透していなかった。様々な工夫を重ねても状況は改善せず、品質部門は行き詰まりを感じていた。
そんな中、品質部門はJBAに相談を持ちかけた。「工場の社員にも分かりやすく、確実に伝わる教育動画を作ってもらえないか」。YouTubeのような、現場の社員が気軽に見られる動画教材の作成を求めていたのだ。
この相談を受けたJBAの長友は、「教育動画を作るなら、現場で実際に活用され、効果が出るものにしたい。そのためにも、そもそも何が本当の課題なのかを確認する必要がある。まずは現場の声を聞かせていただきたい」と工場でのヒアリングを提案した。これまでの施策が効果を発揮しなかった理由、品質意識が低下している根本的な原因を探るため、現場の実態把握が不可欠だと考えたのだ。そして、国内3工場での現場調査を実施することになった。
リアルな声から現場の実態を探る
若手の現場社員ヒアリングによって、品質への意識の裏側を把握
長友は、まずこれまでの品質教育施策について現場の声を集めることにした。
若手社員からは厳しい意見が相次いだ。「品質向上の張り紙が各所にあるけれど、正直見ていない」「研修は定期的に行われるけど、難しすぎて理解できない」。現状の取り組みが、若手社員にはほとんど響いていないことが明らかになった。
さらに深刻だったのは、自分の作業の意味が理解できていない実態だった。部品表面の磨き作業を担当する社員は「自分の作業が製造工程全体の中でどういう役割を果たしているのか分からない」と打ち明けた。最終組立の担当者も「作業手順や品質基準は細かく決められていて、『ルールを守れ』とは厳しく言われる。でも、この作業をきちんとやることが、最終的な製品の性能や安全性にどうつながるのか、実感が持てない」と語った。
自動車部品の製造には多くの工程が存在する。しかし、工程全体を把握できていないために、自分の作業ミスが後工程や完成品にどんな影響を与えるのか、イメージできていなかったのだ。
そして、もう一つ見えてきた大きな課題があった。自社製品への誇りの欠如だ。「工場長は『世界中の自動車メーカーが認めている技術』とよく話すけれど、実感が持てない」「かつてF1でも使われていたという話は聞くけれど、自分には特に愛着が湧かない」。現場の若手社員たちは、自社の技術力や製品の価値を実感できずにいた。
新型コロナと働き方改革がもたらした、思わぬ影響
長友は続いて、ベテラン社員たちからも話を聞いた。30年以上勤務する50代の社員は、深いため息とともにこう語った。「新型コロナや働き方改革で、若手との会話が減ってしまったんです。昔は仕事が終わった後に声をかけて、他の工程を教えたりしていました。でも今は定時になるとすぐに帰る風潮が強くて。製品への愛着を伝える機会も減っているんです」
このヒアリングを通じて、長友は重要な気づきを得た。これは単なる品質意識の問題ではない。現場でのコミュニケーションが途絶え、製品への誇りが失われていることこそが、根本的な課題だったのだ。
この深刻な状況を前に、長友は即座に行動を起こした。工場長への報告を待つことはできない。「申し訳ありませんが、すぐに工場長に実態を伝えさせていただきたい」と、強くお願いした。そして延泊も厭わず、翌日に緊急会議を設定。現場で見聞きした実態を、ありのままに伝えた。
工場長の反応は意外なものだった。「こんな状況になっているとは思いませんでした。率直に伝えてくれて、大変ありがたい。私自身、このものづくりに誇りを持っているし、この工場や会社を心から愛しています。どうすればいいのか、遠慮なく提案してほしい」。工場長の言葉には、現状を変えたいという強い思いが込められていた。
机上の空論で
終わらせない支援を
他社の事例収集と現状把握で、本当に意味のある提案へ
長友は3つの工場でのヒアリングを終え、全ての工場で同じ課題を確認した。次は具体的な解決策を見出すため、2つのアプローチで調査を進めることにした。
1つ目は製造現場の徹底的な理解だ。品質部門から各工程の目的や精度要求、不良発生のメカニズムについて詳しく学んだ。さらに朝7時から夕方5時まで現場に立ち会い、朝礼から作業前確認、休憩時間のコミュニケーション、日報作成まで、1日の流れを細かく観察。情報共有の実態を把握していった。
2つ目は他社での成功事例の収集だった。「品質教育」は、JBA社内でも経験の少ないテーマ。そこで30社の類似企業を調査し、優れた取り組みをする自動車部品メーカー3社を選定。「0.1ミリのズレが車体に与える影響」を全社員で共有する会議や、月1回の顧客招待イベント、ベテランの技能を動画で伝える取り組みなど、具体的な改善のヒントを得た。
この調査結果を基に、長友はJBAの動画ディレクターと教育動画の企画に着手。ただし、制作に入る前に、もう一度現場の声を聞く場を設けた。「現場を置き去りにした企画では、『また上からの押し付けか』と思われ、形だけの取り組みで終わってしまう」と考えたからだ。現場からは、率直な意見が次々と飛び出した。「座学よりも手を動かす方がいい」「研修資料は難解で、つい目を通すのを避けてしまう」といった意見が出た。
現場の声から生まれた、新しい教育スタイル
これらの声を受けて、長友は従来の教科書的な研修から大きく舵を切ることにした。現場社員がスマートフォンで気軽に視聴できる動画教育の導入を提案したのだ。教育工学の視点も取り入れ、視聴者が自然と「次も見たい」と思えるような、科学的アプローチでのコンテンツ制作に着手した。
長友たちは、現場の課題に応える3本の動画シリーズを制作した。製造工程の理解を深めるため、1本目は全体の流れをCGと実写で分かりやすく解説。品質管理の重要性を実感してもらうため、2本目では0.1ミリの精度のズレが引き起こす重大事故の可能性を実験映像で示した。そして製品への誇りを持ってもらうため、3本目では世界の自動車メーカーでの採用実績と、その技術革新の歴史を紹介している。
動画を通じて、現場からは確かな手応えを得た。「全工程が見えて、自分の作業の大切さが分かった」「0.1ミリのズレが引き起こす事故の可能性を知り、身が引き締まった」。ベテラン社員からも「若手に見せたい」との声が上がった。
この反響を受け、長友は品質部門と共に、動画を活用した新たな研修設計に着手している。半年に一度、自動車メーカーの品質管理責任者を招いて現場との対話の場を設け、新人研修では座学を減らしてベテラン社員との実習時間を増やす。さらに中堅社員向けに、品質管理の知識や後輩指導を学ぶ場も設ける計画だ。動画と実践を組み合わせることで、現場全体の意識改革を目指している。
コンサルティングと
クリエイティブを融合で、
課題解決と成果の実現へ
課題の本質を見極め、現場の理解を深め、そこから具体的な施策を組み立てる。これがJBAの「Consulting&Creative®️」というアプローチだ。H社の社員一人ひとりが自社製品の価値を実感し、品質への意識を高めていく。その積み重ねが会社全体の品質向上につながり、顧客からの信頼を更に高めていく。長友たちは、その実現に向けてH社に寄り添い続けている。