画像
組織活性化・DX 従業員50,000人、物流

5万人の現場と経営を繋ぐ、
組織内コミュニケーション
変革

岩上 未奈 Iwaue Mina

Summary

従業員50,000人を抱える物流企業F社が直面していた課題は、社内コミュニケーションの断絶による離職率の増加である。JBAは、経営層から現場まで120名という大規模なヒアリングを実施。その結果、新サービスの情報が現場に届かない、ドライバーが孤立している、経営層の期待が現場に伝わっていないなど、多くの課題が浮き彫りになった。これらの課題に対し、職種や役職に合わせて一人ひとりに最適化された情報を届けられる社内専用アプリを開発。現場と経営のコミュニケーションのハブとなり、結果として社員の満足度が大きく向上した事例を紹介する。

社内コミュニケーションの
断絶を解消したい

物流会社としての新たな期待とドライバーへの情報共有不足

F社は全国80か所の営業所を持ち、従業員5万人のうち約6割がドライバーを務める物流企業である。近年、同社で深刻化している課題が離職率の高まりだ。労働環境の悪化や転職の一般化という社会的な背景もあるが、その根本的な原因として浮かび上がってきたのが、社内コミュニケーションの断絶である。

社内のコミュニケーション不足は、特にドライバーたちの間で顕著だった。シフト制で働く彼らは勤務時間がバラバラで、大半の時間を営業所の外で過ごす。運送量の増加や人手不足で現場は多忙を極め、他の社員と会話する機会は1日に1、2回あれば良い方という状況だ。

会社側の情報発信にも課題があった。月に一度の社内報や不定期のお知らせ文書が、営業所に平積みされたり掲示板に張り出されるだけで、ほとんど読まれていない。その結果、社員たちは社内の状況が分からないまま不安を抱え、孤独に働いていた。上司や同僚とのコミュニケーション不足により、自身の役割や将来のキャリアパスさえ見通せない状態に陥っていたのである。

この課題への対応を任された広報部だったが、ドライバーが抱える問題の実態を完全には把握できていなかった。情報発信手段も限られており、効果的な伝達方法が見出せずにいた。そこでJBAの岩上に相談が寄せられた。「正直申し上げて、改善の糸口が見えないんです。どうすれば良いのか、ぜひお知恵を拝借したい」。

岩上にとっても、数万人規模の社内コミュニケーション戦略の構築は初めての挑戦だった。すぐにJBA社内で戦略会議を開催し、議論を重ねた結果、ドライバーだけでなく全社員が同様の課題を抱えているはずだと考えた。現場の実態を徹底的に把握することなしには、的確な支援は難しい。

そこで岩上は、F社の担当者にこう提案した。「ドライバーの皆さんだけでなく、仕分け担当者や管理職、経営層まで含めて、全社の生の声を聴かせていただけないでしょうか。表面的な対処ではなく、根本的な解決を目指すために」。そうして、経営層から現場職まで総勢120名のヒアリング調査が実施されることとなった。

画像

現場を知り、経営層の声を繋げる

現場ドライバーのヒアリングで明らかになった現場の不安と孤独のリアル

ヒアリングは、まず現場のドライバーから開始した。全国の営業所を周り、合計30名のドライバーに業務の合間を縫ってヒアリングを実施した。

「実は新サービスの開始を知ったのは、お客様からの問い合わせが初めてでした」。あるドライバーのこの言葉から、現場における情報共有の深刻な課題が浮き彫りになった。新サービスの導入に関する告知文書は配布されていたものの、現場は多忙を極め、目を通す余裕すらなかったという。

「マニュアルには載っていない判断に迷うことが毎日あります。でも、上司と話す機会もないし、雑談すらままならない。きっと全国の仲間は同じ悩みを抱えているはずです。彼らがどうやって問題を解決しているのか知りたいです」。ある若手ドライバーのこの言葉からは、現場の孤立という課題が見えてきた。

「自分自身がこれからどういうキャリアを歩んでいくのか。ロールモデルにできる先輩が周りにいない。何歳でどうなれるのか、全くビジョンが見えません」。このようなキャリアパスの見通しが立たない状況は、ドライバーたちのモチベーションを低下させ、将来への不安を大きくしていた。

ドライバーだけじゃない、あらゆる社員が抱えるコミュニケーションの課題

この課題は、ドライバーだけの問題ではなかった。営業所で荷物の仕分けを担当する社員からは「お客様から納期のトラブルについて問い合わせがあっても、適切な回答ができません。自分の作業の前後工程を知らないので、荷物がどういうルートでお客様の手元に届くのか、その基本的な仕組みすら把握できていません」という声が聞かれた。

営業所を管轄するマネジメント層からも「他の営業所がどうやって現場を回しているのか、本当に知りたいです。でも、知る術がない。私たちのやり方が正しいのかどうか、不安で仕方ありません」という声が上がった。

そんな中、ある管理職の男性社員の言葉が岩上の心に深く刺さった。「日本の物流を支えたいという思いで入社しました。しかし、現状ではコミュニケーションもままならない。会社を変えていきたいとは思うのですが、自分一人ではどうしようもできない」。

ドライバーも、仕分け担当者も、管理職も。社員たちは皆、自分の仕事の意味や価値を見失いかけていた。日本の物流を支える重要な企業でありながら、業務の基本となる仕組みすら理解できていない。岩上は、この状況を何としても変えたいという強い決意を抱いた。

「ドライバーから付加価値を」現場に届かない経営層の期待

ドライバーや現場スタッフへのヒアリングで見えてきた課題。その実態を把握した上で、次に経営層10名へのヒアリングを実施した。そこで明らかになったのは、経営層が描く理想と現場の実態との、あまりにも大きなギャップだった。

「これからの時代は付加価値が大事になります」。営業担当役員は熱を帯びた表情でこう語った。「ドライバーには配送業務だけでなく、新たなサービスをお客様に積極的に紹介するなど、営業職のような立ち回りで顧客への価値を創出してほしい」。

しかし、「新サービスの存在すら知らない」という現場の生の声を伝えると、役員の表情が一変した。「そこまで情報が伝わっていないのか」と驚いた様子だった。

物流事業本部長も、現場への強い期待をこう語った。「現場は情報の宝庫です。お客様が競合他社のどんな配送サービスを使っているのか、当日配送のニーズはあるのか、配送時間の指定に関する要望はあるのか。そういった現場でしか得られない情報があってこそ、競合との差別化を図る新サービスの開発や、お客様のニーズに応える配送時間帯の設定ができるのです。この生の情報がなければ、お客様の本当の要望に応える戦略を立てることができません」。

しかし、この経営層の期待は、現場には全く届いていなかった。注目すべきは、ヒアリングを行った30名のドライバー全員が、経営層が重視する「現場からの情報吸い上げ」について、一言も触れていなかったことだ。現場は日々の配送業務に追われ、そもそも「営業的な視点」を持つ余裕すらない状況だったのである。

この認識の違いは、既存のシステム利用状況にも表れていた。3年前に数億円をかけて導入した情報共有システムの現場からの入力数は、月平均で数十件程度だった。現場は業務情報の共有もままならない状況で、経営層は営業的な役割を期待している。しかし、双方向のコミュニケーションが機能せず、このギャップに気づかないまま時間が過ぎていった。

一人一人に必要な情報を
届けるために

情報インフラの構築のために。"アプリ開発"というソリューション

120名のヒアリングから見えてきた課題は、当初の依頼内容であった「社内報の刷新」だけでは解決できないことを示していた。数万人の社員、数十に及ぶ職種によって必要な情報は大きく異なる。ドライバーは日々の業務情報や同じ悩みを持つ仲間との繋がりを求め、営業所の管理職は他拠点の運営ノウハウを必要としていた。経営層は現場からの情報収集を重視している。

これらの課題に対応するには、一方通行の情報発信では不十分だった。一方通行の情報発信では不十分だ。個々人の社員に最適化された情報を届け、双方向のコミュニケーションを可能にする。いわば、情報インフラの構築が必要だった。加えて、一人1台PCを現場社員へと支給される環境でもないため、全員が日常的に目に触れるもので、アクセスしやすく、携帯のホーム画面に表示される"アプリ"が最適だった。

ただし、このアプリ開発には独自の課題があった。ターゲットにカスタマイズされた情報を届けるだけでなく、社内の機密情報を扱うために強固なセキュリティが求められるなど、様々な課題があった。JBAにとって初めての大規模アプリ開発だったため、岩上は他社の事例を調査し、システムエンジニアや開発経験者から技術的な助言を得た。その結果まとめた提案は、F社から予想以上の賛同を得て、正式に開発がスタートした。

写真

前例のないアプリ開発により双方向のコミュニケーションを実現する

アプリを開発するにあたり、まず技術面での課題解決に取り組んだ。岩上は複数のエンジニアと協議を重ね、セキュリティの確保や情報配信の最適化について検討。さらに企業向けアプリの開発実績を持つJBA社内のITコンサルタントと、利用者の行動分析やコンテンツの設計を進めていった。

完成したアプリでは、ヒアリングで見えてきた3つの課題に対応する機能を実装した。

1つ目は、ドライバーの「相談先がない」という課題への対応だ。ベテランドライバーの業務上の工夫や経験を紹介するコーナーを設置し、「キャリアが見えない」という不安には、様々な先輩社員のキャリアパスを紹介する記事で応えた。

2つ目は、「業務の全体像が見えない」という声への対応である。物流の仕組みや工程間の連携を動画や図解で分かりやすく解説。新サービスの導入手順や安全対策も、現場ですぐに活用できる形で提供した。

3つ目は、経営層が求めていた現場からの情報収集だ。ドライバーが顧客先で気づいた競合サービスの動向や、配送時間の要望などを、その場でスマートフォンから簡単に入力できる日報システムを実装。これにより、経営層が求めていた「現場からの生の声」をタイムリーに収集できる仕組みを整えた。

これらのコンテンツはJBAが継続的に更新。各社員の役職や担当業務に応じて、必要な情報が優先的に表示される仕組みを採用した。

現場と経営を繋げ、生き生きと働けるプラットフォームを創り上げる

アプリの導入は、新たなコミュニケーション基盤を作るための第一歩だった。社員が求める情報を持続的に発信するため、JBAはコンテンツ制作を継続的に担当。さらに、利用状況を見ながら定期的に機能改善も重ねていった。

リリースから3か月後、その効果は着実に表れ始めた。「社内からの評判がとても良い。本当に助かりました」とF社の担当者は語る。従業員満足度調査でも、数値の向上が確認された。

現場からの反応も予想以上だった。「この先輩ママさんの記事を見て、退職を考えなくなりました」「同じ境遇でも頑張っている仲間がたくさんいることを知り、元気が出た」という声が寄せられた。また「お客さんの感謝の声を初めて知った。自分の仕事が本当にこの地域に役立っていることを実感した」「社長のメッセージを読んで、初めて会社の目指す方向が分かった」といった声も届いた。

経営陣からも「はじめて現場のドライバーと想いが繋がったように思う。もっとこれを続けてほしい」という反応があり、双方向のコミュニケーションが徐々に実現し始めていることが実感できた。

Project story09

企業が抱える
「コミュニケーションの壁」を壊したい

アプリの成功を機に、F社からは新たな相談が次々と寄せられるようになった。ヒアリングで明らかになっていた管理職のマネジメント課題に対してはマネジメント研修を実施。さらに、新サービスの消費者向けマーケティングやPRの支援など、アプリでのコンテンツ発信と並行してさまざまな支援を行っている。

全国の物流を支えるドライバーたち。社会に不可欠な存在でありながら、その意義や価値が十分に伝わらないまま、日々の業務に追われ、孤独に働く人々が数多く存在する。実は、これはF社に限らず、多くの日本企業が抱える共通の課題だ。新サービスの情報や業務ノウハウ、キャリアパスに関する情報が断片的にしか伝わらず、社員が会社のビジョンや戦略に共感できないまま働いているケースが後を絶たない。

「私たちの仕事は、そういった方々の声を届け、一人ひとりがイキイキと働ける環境をつくることです」。JBAの岩上はそう語る。今回のF社での取り組みは、社員が自身の仕事の価値を実感し、誇りを持って働ける環境づくりの第一歩となった。

写真

Project story

業界・テーマを問わず
一流企業500社と伴走する
プロジェクト